the INTERVIEW

SGの舞台でもマイペース。グランプリ出場へ、地元でチャレンジ!
賞金ランク19位、グランプリ出場は意識しています。芦屋はいつも走っている地元です。気合を入れていきます!
注目レーサー the INTERVIEW 池永太

 「良くも悪くもマイペースなんです」は池永太本人の弁。周囲が急いでいるのにのんびりしていれば困るだろうが、それがSGやGIの水面上なら大きな武器となる。今年は優勝7回、9月には三国でGI初優勝も飾った。この勢いに乗って、地元でSG初優勝、そしてグランプリ出場だ。

(インタビュー&構成/『マンスリーBOAT RACE』依藤研二)

いけなが ふとし
1985年(昭和60年)3月19日生まれ。福岡支部・97期。
2005年11月、福岡でデビュー。10年9月、下関・タイトルで初優勝。12年1月、芦屋・新鋭王座でGI初優出。13年8月、丸亀・メモリアルでSG初出場。15年9月、三国・周年記念で今垣光太郎、松井繁らSG覇者を相手にGI初優勝を飾った。同期には土屋智則、山口達也、西山貴浩らがいる。
-- ボートレーサーになったキッカケは?
「お金稼ぎに行くぞ!」と言う叔父と平和島に行ったことです。

池永 中学生だったか、高校生の頃かな。夏休みに東京の叔父のところへ遊びに行ったんです。叔父さんに「お金稼ぎに行くぞ!」と言われて、行ったところが平和島(笑)。そこで初めてボートレースを見て、「楽しそうやなあ~」と。

 その後、体を動かす仕事も良いなと思って、高校を卒業するときにやまと学校を受けてみたんです。ずっと野球をしていて、勝負ごとは好きでしたからね。

-- ご出身はレース場のない宮崎県ですね。
宮崎県人は、良くも悪くも"マイペース"なんです。

池永 宮崎県の延岡市です。南国ののんびりした雰囲気のせいか、宮崎の人って良い意味でも悪い意味でも"マイペース"なところがあるんですよね。だから、デビューした頃は先輩によく怒られました。「陸の上の作業がマイペースだ!」って。自分では一生懸命だったんですけど、福岡の人から見たらのんびりだったみたいです(笑)。

 今は北九州市に住んでいますし、すっかり福岡ペースですよ。芦屋を地元に選んだのは、福岡3場では芦屋と若松がよく練習させてもらえると聞いたからです。若松より近かったので、芦屋にしました。

 練習には相当行きましたね。練習できる日は、ほとんど行って乗っていました。課題を持つことも大事だけど、それを意識しているうちはダメだと思って、体が勝手に動くようになるまで乗り込みました。

-- 目標は、同じ福岡支部の瓜生正義選手?
瓜生さんの"へばりつきターン"はスゴいんです!

池永 宮崎に住んでいたので、選手になる前はボートレースのことをほとんど知らなかったんです。誰がスゴい選手なのかも、わかっていませんでした。

 瓜生さんは...やっぱりスゴいです。瓜生さんのターンは"へばりつきターン"なんですよ。スピードを落としているわけではないのに、どんな荒れた水面でも暴れない。「磁石か!?」というくらい、水面にへばりついています。あんなターンをしたいですけど、なかなかできないですね。

-- 出力低減モーターでも結果を出しています。
出力低減機は負荷を掛けすぎないよう回るのがポイントです。

池永 初めて出力低減機に乗ったのは、3月の桐生です。モーター自体は良かったんですけど、体感に違和感がありました。

 出力低減機はスピードを落としすぎると前に進まなくなるので、なるべくスピードを落とさず、負荷を掛けすぎないように回るのがポイントだと思います。特に旋回方法を変えてはいないけど、負荷の掛けすぎには注意しています。

 プロペラのヒントをつかんだのは、5月津の一般戦です。まだ出力低減機ではなかったんですけど、「こういう調整もあるんや」と。それを出力低減機で試してみたら、うまく行ったんです。この調整はプロペラの個別部分なので、ほかの部分も追求すればもうちょっと出るんじゃないかな。8月多摩川の新モーター、新プロペラのシリーズで仕上げられたのも自信になりましたね。

-- 平和島、若松とSGではスタート事故も...。
スタートに頼らないためには、整備力と旋回力を磨くしかありません。

池永 2013年の平和島・ダービーは、「これは、優出できると面白いな」という仕上がりだったんですよ。準優は4コースのカドや ったんですけど、狙える足でした。14年の若松・メモリアルは若松に推薦してもらっての出場でした。プロペラに迷っていたけど頑張りたかった。勝負が懸かったときは守りに入るつもりはないし、行くときは行きます。でも、その結果が両方ともフライングやったんで...、迷惑をかけてしまいました。

 若松のメモリアルで、初めてF2になりました。90日のフライング休みは長かったですね。その間に同期は上の舞台で頑張っている、同世代の選手の活躍も聞こえてきます。ボートに乗っている年数はそんなに変わらないのだし、自分も頑張ったら上の舞台で戦えると思っていましたから、「オレは何しよんのかなぁ...」と。

 振り返ると、今まではスタートに頼っていたところがありました。その結果がF2です。どうやればスタートをそこまで行かずに勝てるかと考えたら、やっぱりモーター出しと旋回力を磨くしかない。休み中はプロペラのゲージを作ったり、後輩と練習に行ったりしていました。

 もうすぐフライング休みが明けるというときに、「クラシック出場権と年間5回優勝」という15年の目標を立てました。芦屋のチャレンジカップも頭にはあったけど、"クラシック"の方が現実的でしたから、それで頑張ろうと思いました。1月の若松一般戦で優勝できて、うまく流れに乗れましたね。

-- 三国周年でGI初優勝。勢いづきましたね。
優勝戦はビックリもあったけど、インから冷静に回れました。
三国・GI北陸艇王決戦
[開設62周年記念]優勝戦
(2015年9月15日・第12レース)
着順 枠番 選手名 支部 進入 ST タイム
1 1 池永  太 福岡 1 15 1.47.7
2 4 中辻 崇人 福岡 4 13 1.49.3
3 5 田中信一郎 大阪 5 21 1.50.5
4 3 松井  繁 大阪 3 26  
5 6 魚谷 智之 兵庫 6 16  
6 2 今垣光太郎 福井 2 26  
▲2連単 1-4 710円(3番人気)
▲3連単 1-4-5 4,380円(16番人気)
▲決まり手=逃げ

池永 あのシリーズは、モーターも流れも良かったと思います。

 ただ、イカンかったのは予選最終日の6着ですね。モーターが前に伸びて行くので、左に寄ってしまいました。捲りに行けるか、行けないかという状況で、中途半端になってしまって...。あれはやったらイカン旋回、完全にミスです。このレースをクリアすれば予選トップ通過ということもあって、意識をしすぎましたね。そのことがあったので、準優は同じ2コースからしっかり旋回できました。準優2号艇で1等が獲れて、残り2つの準優でも1号艇が負けてしまうなんて、なかなかないですよ。準優日だけ追い風が強かったんです。

 優勝戦は1号艇で、もちろんインから。スタートで2、3コースが遅れるとは思わんかったから、4号艇しか見えなくてビックリしましたが、モーターは変わらず出ていたので、冷静に回れました。

-- 11月1日現在、賞金ランキングは19位です。
グランプリ出場を目指して、芦屋で"チャレンジ"します!

池永 この位置にいる以上、グランプリ出場は意識します。1年ぶりのSGだけど、いつも走っている地元のレース場です。ガチガチにならず、宮崎県人らしくマイペースで、思い切ってレースをしたいと思っています。気合を入れていきますよ!


池永  太 選手 データ室
(2015年11月3日現在)

◆通算成績

出走回数 優出 優勝 2連率 3連率
通算 2,352回 78回 18回 45.6% 61.1%
SG 22回 0回 0回 27.3% 45.5%
GI 222回 3回 1回 33.3% 49.6%
◆全国成績(最近3節)
15年 10月 びわこ GI・周年 6 1 2 1 2 1 5 1 3
15年 10月 芦 屋 一般競走 3 2 2 1 1 6 1 1 3 1 5
15年 10月 若 松 一般競走 1 1 2 4 1 1 3 1 1 1 2
◆芦屋成績(最近2節)
15年 10月 一般競走 3 2 2 1 1 6 1 1 3 1 5
15年 4月 一般競走 2 1 1 2 1 1 4 1 1

SG チャレンジカップ 歴代優勝者
開催年 開催場 優勝者
第1回 1998年 平和島 江口 晃生
第2回 1999年 平和島 今垣光太郎
第3回 2000年 住之江 濱野谷憲吾
第4回 2001年 児 島 西島 義則
第5回 2002年  津  植木 通彦
第6回 2003年 びわこ 烏野 賢太
第7回 2004年 児 島 田村 隆信
第8回 2005年 芦 屋 上瀧 和則
第9回 2006年 丸 亀 三嶌 誠司
第10回 2007年 浜名湖 湯川 浩司
開催年 開催場 優勝者
第11回 2008年 浜名湖 坪井 康晴
第12回 2009年 常 滑 原田 幸哉
第13回 2010年 唐 津 今垣光太郎
第14回 2011年 大 村 田村 隆信
第15回 2012年 児 島 平尾 崇典
第16回 2013年  津  森高 一真
第17回 2014年 下 関 太田 和美
第18回大会 芦 屋 優勝戦
2015年11月29日(日)・第12レース